停止性問題とソフトウェア
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20090311/1236729482から連想したwikipedia:停止性問題の話。
前から疑問だったのだけども
「プログラムAとデータxが与えられたとき、A(x)が有限時間で停止するかどうかを決定せよ」
の「データx」は不要な情報ではないのかな。Aとxを結びつけたものをA'と呼べば、
全てのプログラムA'に対し、 -A'()が有限時間で停止する ⇒ H(A')は有限時間でYESを出力して停止する。 -A'()は有限時間では停止しない ⇒ H(A')は有限時間でNOを出力して停止する。 Hの定義より、Hは入力(A')によらず必ず停止する事に注意されたい。
となる。いや、結びつけて云々という説明を省くためなのかもしれないが。
もう一つ疑問なのだけれども
不完全性定理の公理系に相当するものは何か?と考えるとチューリングマシンでは遷移関数しか該当するものがない。では、遷移関数が恒等関数だったとしたらどうか。あらゆるA'()は有限時間では停止しない!
もちろん「停止性問題に欠陥がある!」という話ではなく「遷移関数の性質について言及していないwikipedia:停止性問題の記述はおかしいよね。」という話だ。wikipedia:ゲーデルの不完全性定理と比較するなら「自然数論を含む帰納的に記述可能な公理系」に相当する遷移関数でなければならない。
実践的な話
wikipedia:ゲーデルの不完全性定理に引き写して考えると、A'は
- 有限時間で停止する
- 有限時間では停止しない
- 有限時間で停止するかどうか原理的に証明不能
の三つに分けられそうだが、それはそれとして。この話に載るバグ検証系は基本的に∀A∈{特定の種類のソフトウェア},∀xに対して
- 有限時間で停止する
- 有限時間では停止しない
- 有限時間で停止するかどうか判らなかった
の三つのうち、どれに相当するか判定するものだと思う。分野によっては「原理的に証明不能」と「判らなかった」の差がないものもあるし、明らかに差があるものもある。
実用上は、∃A,∀xに対して
- 有限時間で停止する
- 有限時間では停止しない
のどちらかに相当すると判定できた∃Aのみを利用する、という考えでも構わないと思う。その結果をレーティングとして
- 有限時間での停止を保証
- 有限時間での停止または無限ループを保証
- 無保証
と付けることができたらちょっと面白いかもしれない。
脳内concatenative続き
関数を一般化したものが部分継続なのではないか。
継続として見る場合 | 継続 | 部分継続 |
---|---|---|
CPUに送る命令 | goto | call |
という関係。
クオリアについて
人工無能からの連想。
まあ、現状としてはバズワード以外の何者でもないのだけれど、私はそれなりの価値がある概念だと思っている。クオリアを仮定することによって今までより綺麗なモデルが立てられるという価値があるという意味で。
数学--物理学--化学--生物学(神経科学)と続く自然科学の系列と、認知科学--心理学--……と続く人文科学の系列との間に断絶があることは理解してもらえると思う。その断絶の人文科学側の端に現在の認知科学で扱っているよりももっと細かい、意識や認識の素単位が存在している可能性は十分に考えられる。もしそのようなものがあったとしたら、それをクオリアと呼んでも良いのではないか。
wikipedia:クオリアの物理主義的立場に近いのだろう。でも
だが一般に、こうした物理、化学的な知見を積み重ねても最後のステップ、すなわち「この波長の光がなぜあの「赤さ」という特定の感触を与え、この範囲の光はどうしてあの「青さ」という特定の感触を与えるのだろうか」といった問題は解決されないまま残されてしまうことになる。
というのは擬似問題だと思う。「この波長の光が与える特定の感触をなぜ「赤さ」と認識し、この範囲の光が与える特定の感触を「青さ」と認識するのだろうか」というように語順を入れ替えただけで認知科学の問題になってしまうもの。