「私はSFは好きだ」と書くのはちょっと問題だ。

「私はSFは好きだ」と書くのはちょっと問題だ。というのもサブジャンル間の解離がひどいからだ。
私の考えではSFの性質は

  1. 方法論
  2. 設定

の二つに特徴付けられる。どちらか片方でも持っていればSFと呼ばれる可能性がある。

SFの方法論とは演繹的であるということだ。何かの不変の公理があって物語が作られる。登場人物の葛藤などもドラマツルギーとして重要だが、その裏にある主題はあくまでもその状況を引き起こした公理である。
もちろん、物語の要請に応じて公理が作られることも多い。その場合に新しい公理から改めて演繹し直すのがSFだ。*1

SFの設定とは現代技術の水準を越えた科学技術を用いていたり、舞台が現代技術では到達できない惑星であったり、といった設定のことだ。あまりに抽象性の低い定義なのだが、要するに日常生活から大きく掛け離れているが自然科学的世界観の範疇に収まっていれば良い。
いわゆるガジェットSFなどはこちらの意味でのSFだ。物語の構造としては西部劇を踏襲しつつ、舞台を宇宙にスケールアップしたスペース・オペラなどが代表だ。*2

で、問題は両者のSFがしばしば相反するものだという点にある。なんらかの不変の公理に基づいて考えられたアイディアであっても、それを流用して使う人にとっては背景のない単なるガジェットに過ぎない。逆にあまりにも斬新なアイディアは読者の自然科学的世界観の範疇に収まらないこともある。*3
こういった問題を解決するには

  1. 気にならない程度まで解離を小さくする。
  2. 完全に別のものとして分離する。

という二つの手法がある。まあ、完全分離の方が楽なのだけど、分離を繰り返した結果が蛸壷なのでは意味がないかなとも思う。

*1:演繹しないのは駄ファンタジーだ。

*2:機動戦士ガンダム』は戦記物とロボット格闘アニメを混合した奇形かもしれないが、それでもこちらの範疇に入るだろう。

*3:例えば現実の科学理論、特に超弦理論周りは下手なSFよりも奇想天外だったり。