名前重要

名前の重要さを最近とみに感じる。まあ、名前にも幾つもの側面があって中でも

  1. 識別
  2. 表現

の二つが重要だ。
識別というのは例えば「kilreyはhatenaユーザには一人しかいない。」というもの。ある集合の中で一意に決定することが出来れば充分なので、これは単なる連番数値でも構わない。ただし、集合があまりにも大きくなると複数の主体が同じ名前を名乗ることがある。「kilreyは全世界に一人しかいない。」とは言い切れないというようなものだ。この場合は属性情報などを用いて区別するのが好ましい、「kilrey@kilrey.comは全世界に一人しかいない。」というように。
表現というのは例えば「紫の上」というもの。「紫」は藤壺の縁者であることを示しているし、「上」は正妻(厳密には違うが)であることを示している。これは名前自体が複数の意味を含んでいるという点で文学的表現だと言える。ただし、これだけでは「紫の上」と呼ばれうる人が複数存在する可能性があり、充分に登場人物が少ないのでもない限り識別子としては破綻する。*1
一般には戸籍などで使われる名前は後者のように表現を意図して付けられているので前者のように識別を意図して使うのにはやや不便だ。特に基督教の洗礼名をそのまま使う社会では種類が少なくて同姓同名の人に出会う機会も多いのではないか。
ただし、表現を意図した名前の方が憶えやすい、思い出しやすいという傾向があるようだ。*2だから充分に対象を表現した名前を付け、同じ名前だが違うものを区別するために属性も記述すると良いだろう。幸いプログラミング言語では識別用の属性を自動的に付ける仕組みが用意されているため、如何に対象を表現するかに心を配れば大体上手く行く。データベース設計だとそうでもないけども。

*1:ちなみに識別子として破綻しているということはつまり弱い匿名性があるということでもある。雑踏で「佐藤さん!」と呼びかけたら何人の人が反応するだろうか。

*2:認知学で連想と呼ぶものの作用なのだろうが、ここではその辺りの解釈の違いを無視する。